Tatmadaw: Myanmar’s notorious brutal army タッマドー:悪名高いミャンマーの残忍な軍隊

It’s been over a year since the Myanmar military Tatmadaw overthrew the government and started to brutally crackdown on its people. This BBC article gives us an insight on why and how the army has become so powerful and cruel.

およそ1年前にミャンマーでクーデターを起こし、今なお激しく国民を弾圧しているミャンマー国軍のTatmadawタッマドー。なぜ、軍がこれほどの権力を持ち、これほど残忍な行為ができるのか、その背景を説明するBBCの記事を紹介します。(以下、和訳)


およそ1年前、民主的に選出されたアウンサンスーチー政権をクーデターで覆して以来、

ミャンマー国軍(Tatmadawタッマドー)は、デモ参加者への残忍な弾圧で、子供を含む1500人以上もの民間人を殺害し、世界に衝撃を与えてきた

多くの市民が国軍により命を奪われた

ミャンマーの市民にとっては、無差別の通り魔殺人や血まみれの村の襲撃が続いたこの1年。最近では、2021年12月にBBCの調査により、国軍が反対派を拷問して大量に殺害する一連の攻撃を行っていたことも明らかとなった。

ミャンマー国軍、タッマドーはどのようにしてこれほど強力になったのか。また、なぜこれほど残忍なのか。

タッマドーのルーツ

タッマドーのルーツは、「建国の父」とみなされているアウン・サン・スー・チーの父親、アウン・サン率いる革命家グループによって1941年に設立されたビルマ独立軍(BIA)に遡ることができる。

アウンサンスーチーと その父アウンサン

アウン・サンは、1948年にビルマが英国から独立する直前に暗殺されたが、独立後、BIA(現タッマドー)は急速に力と影響力をつけていった。1962年にはクーデターで国を掌握し、その後50年間、ほぼ無敵の支配を続けた。

国の中では高い地位を占めており、軍隊に入ることを目標としている国民もいるが、クーデターの影響で幻滅した隊員もいる。

「軍隊に入ったのは、銃を持って前線に行き、戦いたかったからです。国のために犠牲になりたいと思っていました」元大尉のLin Htet Aung*氏は2月1日のクーデターに反対し、医師、看護師、労働組合員などさまざまな職業の人が参加する市民的不服従運動(CDM)に参加するために辞職した。

「タッマドーに在籍したことを今はとても恥ずかしいと思っています。平和的に活動しているデモ参加者が、爆弾などで残酷に攻撃されている。これは私たちが期待していたタッマドー(軍隊)ではありません。」

ミャンマーは130以上の異なる民族で構成されており、仏教徒であるバマー族が多数を占めている

ミャンマーのエリート層のほとんどはバマー人であり、専門家によれば、軍隊はこのエリート層の中のエリートであると考えられている。

タッマドーは自らを国家の創始者と称し、真のビルマ人を体現していると自負しているのだ。

バンコク、チュラロンコン大学のミャンマー専門家グウェン・ロビンソン氏「タッマドーは超国家主義的なイデオロギーに染まっています。彼らは常に、少数民族はミャンマーに住むに値しない脅威であり、国の統一と安定を乱す集団であり、排除または鎮圧しなければならないと考えています。」

そのため、数十年にわたり、ミャンマーでは何十もの小さな内戦が繰り返されてきた。

昔から、武装した民族民兵のネットワークが複雑に絡み合っているため、タッマドーは常に戦い、同時に複数の戦線で戦っている。ロヒンギャ族のような一部の少数民族は、長い間、軍の最悪の残虐行為の対象となってきた。ビルマ軍とこれらの民兵との戦いは、世界で最も長く続いている内戦であるとも言われている。

社会から隔離された長期間の任務で

「ビルマ軍は、命令にロボットのように従う冷酷な戦闘マシンになりました」

とロビンソン氏は言う。

一部の兵士は家族まで厳重に監視され、軍部寄りのプロパガンダを聞かされているという。このような環境が兵士の間に家族意識を育み、将校の子供が他の将校の子供と結婚することも多い。

「軍隊はカルト宗教に例えられます」とロビンソン氏は言う。「彼らは外部の人間とあまり接触しません。」

後に亡命して市民的不服従運動に参加したある兵士の話が、それを裏付けている。「軍隊に長くいる兵士は、軍隊の中の言葉しか知りません。軍隊の外で起きていることを理解していないのです。

また、ミャンマーの武装民族組織との絶え間ない抗争は、残酷だが、軍にとっては非常に有益なものでもあった。停戦協定を慎重に管理することで、

軍部は翡翠、ルビー、石油、ガスなどの重要な資源を支配することができた

これらの資源からの利益は、時には合法的に、時には違法に、数十年間にわたって軍の重要な収入源となってきた。また、軍は銀行、ビール、観光などあらゆる分野に投資する大規模なコングロマリットを経営している。

このように軍が経済を支配しているため、誰もが常に軍に反対しているわけではない。残虐行為があったとされるにもかかわらず、保守的なビジネスマンはタッマドーに協力してきた。

しかし、長年にわたる汚職や経済の失速により、世論は決定的に軍部に反発し、国民民主連盟(NLD)を率いるアウンサンスーチー氏による民主的な統治を望むようになっている。

タッマドーの考え方には、まだまだ謎が多い。2020年まで米国の駐ミャンマー大使を務めたスコット・マーシェルは、「まさに国家の中の国家です」と言う。

「タッマドーは、社会の他の部分と交流しません。彼らは巨大な反響室に隔離され、自分たちがいかに重要で、自分たちだけが国をまとめることができる、自分たちが権力を持たなければ国は崩壊してしまうと、お互いに言い合っています。世界がどう思うかなんて、彼らはあまり気にしていないのです。」

取材:ニック・マーシュ、BBC

*個人情報保護のため、名前は変更されています
Photocredit@GettyImages

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