Heartship Myanmar Japan Education教育,Myanmar Now ミャンマーは今,The Peopleインタビュー “We need financial assistance to continue education.” 「教育を継続するためには支援が必要です」

“We need financial assistance to continue education.” 「教育を継続するためには支援が必要です」

Kima (C.Thangkima Age32) is our contact in Myanmar who leads the efforts to continue education in the Hualngoram area, in Chin State, Myanmar. He is young and smart and cares for the children and their future. He also led the Teacher’s training course conducted in September. Here is what he told us.

キマさん(C.Thangkima 32歳)は、チン州にあるHualngoram地域で教育を継続するための活動を率いている人物。現地にいる彼と連絡を取りながら支援を実施しています。若くて優秀、子どもたちと彼らの将来を案じているキマさんは、9月に行われた教師養成クラスの先生も務めました。そんな彼に話を聞きました。

Q: クーデター以降、生活はどう変わりましたか? 

以前は教師として働いていましたが、今はCDM(市民的不服従運動)に参加しています。つまり、村には住めないし、教えることもできない。 そこで今は、地域の教育システムを構築しようとしています。 


Q: なぜ教育システムを構築したいのですか?

国で紛争が起こるたび、私たちの土地が一番ひどく影響を受けます。昔は助けてくれる学者や並外れた人々がいましたが、今ではまれです。Hualngoramが教育面で他地域のレベルに到達できるよう、ベストを尽くしています。


Q: 子供たちの様子は?

多くの苦難を経験していますが、我々の努力が報われ始め、大勢の子どもたちが再び勉強できるようになりました。学校に通うことは、クーデターによる精神的ストレスに苦しむ生徒たちにとって、良いはけ口になっているし、親たちもとても喜んでいます。


Q: 教育の進歩はどうですか?

識字率は向上しています。多くの生徒が読み書きを学ぶだけでなく、日々の生活もよくなっています。


Q: Kimaさんの願いは何ですか?

国の紛争はまだ終わっていません。公的な政府はまだ私たちの面倒を見ることができないので、教育を続けるためには経済的な援助が必要です。

Hualngoramでは少なくとも80人の教師が必要ですが、全員に給料を払うのは大変です。今の革命が続く間、政府や他国のNGOが私たちを認め、援助してくれる方法があればよいと願っています。


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